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好感触の西宮 税理士

Gはネットの(ハードディスクなどの外部記憶装置)の進化速度が全く新しい考え方のコンピュータ・シウェブ上で日夜更新される情報を、Gはそのコンピュータ・システムにすべて取り込んでいるわけですが、ストレージのコスト対性能がここまで向上しなければ、そんな事業は構想できなかったのです。
「あちら側」ステムをつくりました。
変化の節目で何に賭け金を置くか変化の節目で何に賭けるか。
その判断に、技術の未来を見通す眼が利いてきます。
「インターネットが負けるほうに賭ける」というのは、何かの課題に直面したときに、インターネット以前の技術でそれを解決しようとすること。
そんなことをしても時代の大きな流れの中では必ず負けてしまうよ、とE・Sは説くわけです。
同じ意味として「今日の問題を昨日の解法で解いてはいけない」という言い方もあります。
E・Sの言葉を使って言い換えれば、S・Jが提携話を持っていくまで、音楽会社の人たちは「ネットが負けるほうに賭ける」発想しか持っていなかった。
そのせいで、音楽が私たちの生活から遠いものになってしまっていた、とS・Jは考えます。
これはAのS・Jが、音楽はしばらくその重要性を失ったかもしれないが、仏は音楽が人々の生活に真に意味ある形で戻るのを手助けした。
開発の強い動機の一つに、人々の生活から音楽が消えてしまっていた現状への不満があった。
S・Jは音楽が大好きだからこそ、そういう状況に問題意識を持っていました。
そうした状況になったのは、レコード会社をはじめとする既存の音楽産業の怠慢だ。
既得権益を持つ集団が、新たなイノベーションが生まれることを阻んできたのだというのがS・Jの考えでした。
科学は、何かを一〇%や二〇%良くするのではなく一〇〇倍良くする可能性を秘めている。
私はその力に興奮を覚える。
V・Kは、サンの創業期にCEOを務めた人物です。
今は、自らの資金を投じて設立したK・ベンチャーズというベンチャーキャピタルで、ITおよび代替エネルギー関連のベンチャー投資活動を活発に行っています。
日本では投資家というと、文系でお金勘定がうまい人というイメージが強いかもしれませんが、シリコンバレーでは彼のように、アントレプレナーとして成功した技術者が投資家として活躍しているケースも非常に多く、Kのような人は、いくつになっても科学を愛し、「技術者の眼」で世界を見続けて投資します。
システムズの共同創業者の一人で、私は自分のことをビジネスパーソンだとは思っていない。
一度もそう思ったことがない。
ビジネスのやり方は知っているけれど、一度も楽しんだことはない。
私はテクノロジーを愛する。
未来を愛する。
解決策を考えることを愛する。
そしてその解決策を信じるに至ったら、それを伝道するのを愛する。
世の中を大きく変えるイノベーションは、一〇%良くなったとか二〇%良くなったとかいうレベルでは駄目。
一ケ夕、二ケタの差異が出るような、「一〇〇倍良くなった」と感じられるような斬新さがなくてはならない。
それは唯一、科学の力によって生み出される。
その力によって、イノベーションが真に社会を揺り動かす。
そこに興奮するのだとKは言います。
新しい科学の種自体は、いまも大学や大企業の研究所といったところから生まれてくることが多いものの、それを一つの産業テクノロジーとして昇華できるかどうかは、トレプレナーと技術者の力にかかっています。
科学やテクノロジーを挺子にして、世界に非常に大きなインパクトを与えられる機会がそこらじゅうにころがっている。
君たち一人ひとりが個性に応じたそれぞれの機会を追求できる。
君たちみんなが、そのことに興奮すべきだ。
これはGの創業者L・Pがイスラエルの高校生に向けて行った講演の一部です。
「科学やテクノロジーを挺子に」の中のレバレッジという言葉は、「挺子の力、挺子の作用」のこと。
小さな力を大きな力に変換することです。
Kの言う一〇%、二〇%の効率向上のような話ではなく、「一〇〇倍良くなった」ということが可能になる力。
それがレバレッジの意味です。
9.11以降の世界でアメリカ人にとって二十一世紀の幕開けは、二〇〇一年九月十一日の同時多発テロでした。
その直前にネットバブルが崩壊してはいましたが、それはあくまでも経済の波の話であって、IT産業の周辺にいる人たちは皆、相変わらず自分たちのやっていることは時代を変える大きな流れだ、インターネットは印刷技術の発明以来の画期的な開発なのだと、そこに関与していることに大きなプライドとビジョンを持っていました。
ところが、テロによって、思いもかけないところから、技術者の眼心をバッサリと斬りつけられた。
テクノロジーの応用分野は軍事関連が中心になるのではないか、ベンチャーの開発といったら、炭痘菌検出の装置みたいなものばかり出てくるのではないか、といった嫌な気分がシリコンバレーを覆いました。
「それまでの私は、自分の著作を通して現代史を書き残し、未来の人類──私たちアナログに縛られた人類の、想像を超えてデジタル化された後育たち──に、その大変化をもたらした人々のことを伝えられるかもしれないことに誇りを感じていた。
だがあのテロ以後、私は疑念にさいなまれるようになった」。
そんな中でシリコンバレーを拠点とする二つの大きなビジネスが、新たなイノベによるAの復活とGの勃興です。
テクノロジーは依然として私たちの時代を代表する紋章である、という自信を取り戻した。
実は、私も二〇〇一年から二〇〇三年ぐらいまで、生傷にさわるような気持ちがして、それ以前に自分が書いたものを一切読み返す気力が湧かなかった時期がありました。
それほど9.11テロの衝撃とその余波は大きかった。
私にとって一番強烈だったのはGの勃興でした。
しぼんでいた意欲を立て直し、未来志向でもう一度語ってみようという自信回復の拠り所になったのは、Gが発していた熱気を直に肌で感じたことがきっかけでした。
二〇〇三年頃は、AやGの話題で持ちきりでした。
S・Lや私に限ったことではなく、シリコンバレーではどこもかしこもの希望の星をみて、シリコンバレーの多くの人たちが、テクノロジーが切り開く素晴らしい未来を再び具体的にイメージできるこの二つになったのです。
PCのアイコンAの復活劇パーソナル・コンピューティングの歴史を振り返ると、七〇年代から八〇年代初頭にかけて大きな革命を起こした会社はAでした。
八〇年代半ば以降、Mが、熟した果実をみんなさらっていった感はありますが、Aこそパーソナル・コンピューティングにおけるアイコン的存在です。
Aの製品や精神からは、創造性、遊び心、楽しさ、自由といったものを感じることができる。
Aの製品からは、管理社会の道具という感じが一切しない。
Aの思想やカルチャーも含めて愛好する人たちが世界中にたくさんいて、つくり手であるAと共に、PC時代の本流を持ち続けています。
そして九七年秋、Aを離れていたS・Jが暫定CEOとなってトップとして復帰し、再建に着手します。
私が帰ってきたとき、Aは自分たちが何者なのかを忘れてしまっていた。
それは確かに顧客向けのものだったが、Aのためのキャンペーンという意味合いがもっと強かった。
あの広告は、自分たちの英雄は誰なのか、自分たちは誰なのかを思い出させた。
会社はときどき忘れてしまうんだ。
幸運にも私たちは目を覚ました。
そして今Aは歴史上最も素晴らしい仕事をしている。

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